大判例

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東京高等裁判所 平成4年(う)812号 判決

被告人 増田佳二

〔抄 録〕

第一訴訟手続の法令違反の主張について

一 所論は、

「<1>被告人が平成元年一月九日捜査官に対してした最初の自白は、被告人を任意捜査の限度を越え実質的な逮捕状態の下に置き、黙秘権告知も弁護人選任権告知もなされないという違法捜査の過程で得られたものであるから、任意性を欠き、その後の自白は右自白が単に承継されたものに過ぎず、やはり任意性を欠くのに、原審は、これら被告人の自白を証拠として取り調べて有罪認定の資料としているが、右訴訟手続は刑訴法三一九条一項、三二二条、憲法三八条二項に違反する。<2>被告人の自白以外の証拠は、被告人の自白を十分補強するものとはいえないから、被告人を有罪とした原判決の認定は刑訴法三一九条二項、憲法三八条三項に違反する。そして、これら二点の訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。」

というのである。

二 自白の任意性(所論<1>)についての判断

記録を調査し当審における事実取調の結果を併せて検討しても、原判決が(事実認定の補足説明)第三の一、二項において、被告人が本件について自白するに至るまでの被告人の取調状況や本件の捜査経過につき、詳細に説明しているところに誤りがあるとは認められない。要するに、茨城県警察鹿島警察署の警察官らは、被告人に対し、昭和六四年一月五日(本件火災発生当日)午前六時半ころ原判示本件建物(焼け跡)に被告人が戻ってきたときから事情聴取を始め、同日昼過ぎに鹿島警察署に任意同行を求めて、午後一一時二〇分ころまで、本件当日の行動等について取調をし、同夜は被告人の雇主宅に送り届け、翌六日は、午前七時半ころ右雇主方に迎えに行って鹿島署への同行を求め、午後九時三〇分ころまで取調をした後、被告人が使用していた自動車内の捜索差押に立会いを求めるなどし、翌七日午前零時四五分ころ、亡妻つわ子の遺族らが宿泊している民宿に送り届け、同日午前八時二〇分ころ右民宿に迎えに行き鹿島署への同行を求め、午後七時ころ被告人の申し出により取調を終えた。被告人は、同夜から父親や弟と共にホテルに宿泊し、翌八日はつわ子らの葬儀に出席したため、一日中取調は行われなかった。鹿島署においては、それまでの捜査により、被告人に対する放火の容疑が次第に強まってきたため、同月九日には被告人を被疑者として取り調べることとし、同日午前八時ころ被告人を右ホテルに迎えに行って鹿島署への同行を求め、斉藤徳文警部補が供述拒否権を告げた上で、午前八時五〇分ころ取調を始めたところ、午後七時五五分ころ被告人が本件放火を自白するに至ったので、被告人に犯行の方法、態様、動機等の概要を記載した上申書を作成させ、更に前年の本件建物のぼや騒ぎ(後記第二の<6>参照)についても自己のしわざであると認めたので、その旨の上申書も作成させ、翌一〇日午前一時三五分被告人を緊急逮捕した。被告人に対する任意同行の手段・方法に問題視すべき点は見当たらず、緊急逮捕前の取調を通じ、被告人が取調の中止や取調室からの退去を求めたのに取調官がこれに応じなかったなどということもない。取調は長時間にわたっているが、途中で被告人に昼食や夕食の機会及び休憩時間が与えられている。また、取調の態様も、一月九日は追及的で厳しくなっており、捜査官が声を荒げるようなこともあったが、それは、被告人が不合理な弁解をしたり他の証拠と矛盾した供述をしたりした場合においてであった。以上のとおりの事実が認められる。

これによれば、被告人に対する緊急逮捕以前の一連の取調は、実質的にも逮捕状態下における取調と目すべきものではなく、刑訴法一九八条に基づく任意捜査として行われたものと認められるところ、任意捜査の一環としての被疑者に対する取調は、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容されるものと解されるところ(最高裁昭和五九年二月二九日第二小法廷決定・刑集三八巻三号四七九頁、同平成元年七月四日第三小法廷決定・刑集四三巻七号五八一頁参照)、本件は家屋が全焼して三名の居住者が焼死したという重大な事案であり、本件建物の居住者では、本件火災当時早朝にもかかわらず外出していた被告人のみが生き残っており、その後の捜査により一月九日までの間に次第に被告人に対する放火の容疑が強まり、被告人に対する取調を継続する必要があったと認められること、任意同行の方法・態様、取調の態様が前記のようなものであったこと、被告人が自白をしたのは捜査官から供述拒否権の告知を受けた後であることなどを総合考慮すると、被告人に対する本件逮捕前の取調は、社会通念上任意捜査として許容される限度内のものというべきであり、これと同旨の原判決の前記二項における判断は正当として是認することができる。

したがって、被告人に対する取調の違法を理由として被告人の自白の任意性を争う所論<1>は、その前提において失当であり採用できない。

三 自白の補強証拠(所論<2>)についての判断

原判決が(証拠の標目)に挙示し、(事実認定の補足説明)で詳細に説明する本件の証拠関係をみると、被告人の自白にかかる本件現住建造物等放火、殺人の犯罪事実のうち、本件家屋の焼燬並びに被告人の妻つわ子、同女の長女かおり及び次女樹里の焼死という重要部分につき、自白以外の十分な証拠があるのみならず、自白以外の証拠を被告人の公判供述と併せて検討しただけでも、放火の具体的方法は別として、被告人が火災保険金を入手しようとして原判示時刻ころ本件家屋に放火したと推認するほかないものであって、被告人と本件犯罪事実との結び付きについても自白以外の証拠が豊富に存在することが明らかである。以上のとおり、本件の証拠関係においては、自白の補強証拠が不足しているなどとは到底いえないのであり、所論<2>も失当である。

四 以上のとおりであって、訴訟手続の法令違反をいう論旨はいずれも理由がない。

(近藤 安廣 高麗)

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